作品ご紹介

アントニオ増山

『きのこ会議』アントニオ増山

『きのこ会議』エッチング、手彩

伊藤亜砂

『オシャベリ姫』伊藤亜砂

『オシャベリ姫』エッチング

寺澤智恵子

『奇妙な遠眼鏡』寺澤智恵子

『奇妙な遠眼鏡』エッチング、アクアチント

宮島亜紀

『森の神』宮島亜紀

『森の神』エッチング

小林小百合

『白椿』小林小百合

『白椿』エッチング、アクアチント

佐藤ゆかり

『青水仙、赤水仙』佐藤ゆかり

『青水仙、赤水仙』エッチング、手彩

杉本一文

『髪切虫』杉本一文

『髪切虫』エッチング、手彩

展覧会のご案内

ようこそ、夢野久作の摩訶不思議な童話の世界へ…。

夢野久作の童話展~夢野久作の童話世界を描く!オマージュ絵画と版画

 本展は、福岡県出身の作家、夢野久作(1889~1936年)の童話作品にスポットを当てた、絵画と版画の展覧会です。

 夢野久作といえば、日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる『ドグラ・マグラ』(1935年出版)など怪奇色と幻想性の色濃い小説で名高い作家ですが、新聞記者時代(1920~1924年)から発表し始めた童話作品もまた、夢野久作文学を語る上で欠かすことのできない創作領域です。

 玄洋社系の国家主義者で「政財界の黒幕」とまで呼ばれた杉山茂丸(1864~1935年)を父とし、また「インド緑化の父(グリーン・ファーザー)」とまで呼ばれるようになった杉山龍丸(1919~1987年)を長男に持った夢野久作。陸軍少尉、農園経営者、禅僧、新聞記者、郵便局長、小説家、詩人、SF作家、探偵小説家、幻想文学作家として波乱万丈の人生を送りましたが、これらの職業経験や生活環境、時代、そして家族との葛藤が童話創作の底流をなし、独特の文学作品へと昇華させていったと言っても過言ではないでしょう。こうして創作された夢野久作の童話作品は、不安な時代の中でもひときわ異彩を放ち、その教訓的なストーリーは子供のみならず、大人や社会にも向けて発信されたメッセージであるとも読み取れます。

 今展では、夢野久作に対するオマージュとして、その奥深い童話世界を絵で表現しようと果敢に挑んだ31作家の作品約35点を一堂に展示します。何卒是非ご高覧ください。

〔図版=『奇妙な遠眼鏡』寺澤智恵子(夢野久作 DM案内状ハガキより)〕


開催概要

展覧会名
夢野久作の童話展 ~ 夢野久作の童話世界を描く!オマージュ絵画と版画
会期
2016年6月18日(土)~6月25日(土) ※22日(水) 休み
開廊時間
午前11時~午後6時
入場観覧料
無料
出品作家
ありかわりか/アントニオ増山/泉屋宏樹/伊藤亜砂/片岡好/かなる/小林小百合/権藤凱曉/酒井政保/佐々木孝/佐藤ゆかり/重藤裕子/清水智子/杉本一文/空鳥ひよの/高橋未歩/丹野恵理子/寺澤智恵子/徳橋至/永仮あづみ/ヌコラリス/ノボルス/馬場宏恵/林茉梨子/東マユミ/MAYA/松永ゆかり/三紙シン/宮澤俊司/宮島亜紀/和田聡文 (以上31名・敬称略)
展示内容
夢野久作の童話作品世界を描いた絵画や版画など約35点。
販売
展示作品は一部を除き販売します。
オープニング
6月18日(土)午後5時からオープニング・パーティーを開催します。是非!
作家来場日
18日:ありかわりか・重藤裕子・杉本一文・林茉梨子・宮島亜紀・他
19日:寺澤智恵子・宮島亜紀
24・25日:佐藤ゆかり
特別ゲスト
18日午後に杉山満丸氏がご来場。
※ 氏の曾祖父は、玄洋社系政財界のフィクサーとも呼ばれた杉山茂丸。祖父は作家の夢野久作。父はインド緑化の父(グリーン・ファーザー)と言われる杉山龍丸。 現在は教鞭を執りながら、夢野久作と杉山三代の研究を行っている。

夢野久作について

夢野 久作 (ゆめの きゅうさく)

夢野久作

 夢野久作〔ゆめのきゅうさく(幼名:杉山直樹/出家名:杉山泰山)/1889年(明治22年)~1936年(昭和11年)/福岡県福岡市生まれ〕

※「夢野久作」は筆名。彼の作品を読んだ父・杉山茂丸が、「夢の久作の書いたごたる小説じゃねー」と評したことから、それをそのまま筆名としたもの。「夢の久作」とは、九州地方の方言で「夢想家、夢ばかり見る変人」という意味を持つ。

 1904(明治37)年、文学少年であった夢野久作は父・茂丸から将来の希望を聞かれ、「文学、美術家となる」といって叱られ、「農業」といって賛成を得る/1908(明治41)年、近衛歩兵第一聯隊に配属。第1期検閲前に肺炎で入院/1909(明治42)年、志願兵としての訓練を終え退営/1911(明治44)年、慶應義塾大学文学部入学/1913(大正2)年、文弱を嫌う父・茂丸の命により慶應義塾大学中退/福岡県粕屋郡香椎村の杉山農園を営むも、うまくいかず/1914(大正3)年、放浪/1915(大正4)年、東京文京区本郷の喜福寺にて剃髪、禅僧として出家。幼名の直樹を泰道と改める/1917(大正6)年、還俗。継母の願いにより杉山家を継承し、杉山農園に戻る/1920(大正9)年、父である杉山茂丸(1864~1935年)が社主を務めたことのある九州日報社(後の西日本新聞社)に新聞記者として入社 /1922(大正11)年、童話を多く書くようになる/1924(大正13)年、静養のため九州日報社を退社/博文館募集の探偵小説に杉山泰道の名で『侏儒』を応募し、選外佳作となる/1926(大正15)年、九州日報社経営困難となり、東京にて父・茂丸、頭山満、内田良平等が奔走/日本で初めて切絵を使った童話『ルルとミミ』を九州日報夕刊に発表/雑誌「新青年」の懸賞にて『あやかしの塔』が二等に入選し、作家デビューを果たす。この時初めて夢野久作の筆名を用いる/1927(昭和2)年、本格的に作家生活に入る/1935年(昭和10)年、構想十余年の果てに完成させた、日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる『ドグラ・マグラ』を松柏館書店から出版。当初の宣伝文句には「日本一幻魔怪奇の本格探偵小説」、「日本探偵小説界の最高峰」、「幻怪、妖麗、グロテスク、エロティシズムの極」とうたわれ、大きな反響を呼ぶ。小説の内容が常人の頭では考えられない、余りにも奇抜なものであるため、今日でも毀誉褒貶が相半ばする/1936(昭和11)年3月11日、脳溢血にて急死。享年47歳 。

〔写真=夢野久作(1921年/32歳)※ドグラ・マグラ銅版画展「ドグラ・マグラの血脈~夢野久作とグリーン・ファーザー」展示資料より〕


主な作品

【夢野久作 名義】あやかしの鼓/夫人探索/いなか、の、じけん/人の顔/瓶詰の地獄/死後の恋/涙のアリバイ/押絵の奇蹟/微笑/支那米の袋/鉄槌/空を飛ぶパラソル/復讐/卵/童貞/一足お先に/冗談に殺す/霊感/ココナットの実/犬神博士/超人鬚野博士/斜坑/怪夢/焦点を合わせる/狂人は笑う/幽霊と推進機/ビルジング/キチガヒ地獄/老巡査/けむりを吐かぬ煙突/縊死体/暗黒公使/氷の涯/爆弾太平記/白菊/斬られたさに/山羊鬚編集長/難船小僧/衝突心理/近眼芸妓と迷宮事件/白くれない/骸骨の黒穂/黒白ストーリー/少女地獄/木魂/ドグラ・マグラ/S岬西洋夫人絞殺事件/笑ふ唖女/超人鬚野博士/二重心臓/眼を開く/巡査辞職/無系統虎列刺/人間レコード/髪切虫/継子/人間腸詰/悪魔祈祷書/名娼満月/女抗主/戦場/冥土行進曲/芝居狂冒険/オンチ/名君忠之/赤猪口兵衛 近世快人伝/父杉山茂丸を語る/白髪小僧/鼻の表現/呑仙士/ビール会社征伐/月蝕/探偵小説の正体/探偵小説の真使命/甲賀三郎氏に答う/能とは何か/猟奇歌/他多数

【とだ けん 名義】ルルとミミ

【海若藍平 名義】青水仙、赤水仙/犬と人形/お菓子の大舞踏会/キキリツツリ/クチマネ/黒い頭/白椿/章魚の足/虫の生命/ドン/雪の塔/若返りの薬

【香倶土三鳥 名義】虻のおれい/雨ふり坊主/医者と病人/梅のにおい/鉛筆のシン/お金とピストル/がちゃがちゃ/先生の眼玉に/鷹とひらめ/狸と与太郎/ツクツク法師/電信柱と黒雲/人形と狼/奇妙な遠眼鏡/二つの鞄/二人の男と荷車曳き/森の神/約束/オシャベリ姫(カグツチ ミドリ 名義)

【杉山萠圓 名義】梅津只円翁伝/街頭から見た新東京の裏面/黒白ストーリー/白髪小僧/東京人の堕落時代

【土原耕作 名義】懐中時計/蚤と蚊/豚と猪/蛇と蛙/ペンとインキ

【萠圓山人 名義】猿小僧

夢野久作と童話

大鷹涼子(夢野久作研究者)

 久作が童話を発表したのは大正8年から15年にかけてであるが、これは彼が九州日報社に勤めた時期と完全に重なる。仕事として『九州日報』に執筆したのは間違いないのだが、大正8年には長男・龍丸が、大正10年には次男・鐵兒、大正15年には三男・参緑が誕生しており、自身の子供のことも創作の念頭にあったであろう。参緑が三つ四つになった頃には、夕食時、久作が童話や民話を話す機会が多くなったという。龍丸は久作の言葉を再現し、彼の童話観を以下のように綴っている。

 『童話というのは、世界各国にある国民の中から生まれた、沢山の民話がもとになっていると、俺は思う。その民話は、全世界の人々が、素朴な心で自然の中に生き、その生きていることから自然の中のものを見て、自由に作り出したものだ。そこに、それぞれの人々、民族、土地の文化があり、心がある。』

 久作が子供たちに聞かせたのは、大部分が福岡地方の民話であり、新聞発表の童話とは若干異なるものであったようだが、ある意味童話は、様々な語られた話を抽出して作り上げられ、普遍性を持たされているものなのである。久作の童話の舞台は、国や地域、時代などが特定できないものが多々見られる。特定できないからこそ、読者は自由に想像を膨らませ、多様なイメージを描くことができるのではないだろうか。

 残酷なもの、滑稽なもの、美しいもの、教訓譚もあれば、後に執筆された小説の萌芽が認められるものもある。童話というものは、子供自身が一人で読む場合も勿論あるが、他の人間が読み聞かせることも多い。童話、民話には語り手がおり、聞き手が想定されるのである。久作自身幼少のおり、乳母から色々な話を聞いたそうだ。久作は饒舌な独白体を多用する小説を得意としたが、物語を生み出す際、語りの場を描きだすということが久作にとって自然な行為であったのだろう。探偵小説の一側面を評して「大人のお伽話」とも久作は述べる。想像力、そして物語は、童話や民話、つまりそこに生きる人の「語られたお話」を種にして芽吹くのである。

 〔参考文献:杉山龍丸「夢野久作の生きた世界 第三回 童話と民話」(『思想の科学』昭和53年5月)/夢野久作「探偵小説の正体」(『ぷろふいる』昭和10年1月)〕


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