追悼・木原康行銅版画展『Temps statique(静的時間)』|名古屋の画廊ギャラリータマミジアム

追悼・木原康行展『Temps statique』|2012年1月28日(土)〜2月4日(土)〔※2月1日(水)休廊〕|午前11時〜午後6時

2011年春、パリの地で永眠されたフランス画家版画家協会正会員の銅版画家、木原康行先生の追悼展「Temps statique(静的時間)」をご紹介致します。

追悼・木原康行展-展覧会のご案内

1970年代初期の銅版画(エッチング)から晩年の銅版画(エングレーヴィング)までを展示

木原康行作品


 本展は、2011年春にパリの地で永眠されたフランス画家版画家協会正会員の銅版画家、木原康行先生の追悼展です。

 まずもって故人のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。


 1932年生まれの木原先生は、35歳にして両耳の聴力を完全に失いますが、作家を志して帰国資金を持たぬまま、38歳で美術の都フランス・パリへと渡ります。しかし、49歳で肺癌を患い、また同時に愛娘を亡くされて心底打ちひしがれますが、決して銅版画をあきらめず、ビュランを手放すことはありませんでした。


 そして1999年、作家の人生における、あらゆる感情を排除したその精緻な作品世界がフランスの美術界に認められ、長谷川潔氏についで、日本人として二人目となるフランス画家版画家協会の正会員となりました。


 本展におきましては、1970年に渡仏して銅版画を学び始めた頃の初期エッチング作品から、円熟した晩年のエングレーヴィング作品に至るまで、その貴重な作品約35点を一堂に展示し、作家の生きた時間(=意識)と造形思考の軌跡を辿ります。何卒是非ご高覧ください。

〔図版=『Temps statique』 木原康行 銅版画(エッチング) 190×145mm 1972年〕


追悼・木原康行展-開催概要

展覧会名
追悼 木原康行銅版画展『Temps statique(静的時間)』
Yasuyuki Kihara Exhibition 2012
展覧会会期
2012年1月28日(土)〜2月4日(土)
休廊日
2月1日(水)
開廊時間
午前11時〜午後6時
入場観覧料
無料
展示内容
銅版画、アクリル画、インクデッサンなど合わせて約35点

モバイル版Yahoo!JAPANが、「追悼 木原康行銅版画展」情報を配信中!

QRコード-展覧会「追悼木原康行銅版画展」のYAHOO!JAPANモバイル情報ページへGO!

気になる「追悼 木原康行銅版画展」の情報をケータイで持ち歩こう!

ギャラリータマミジアム・モバイルサイトは、最下欄のQRコードから!


木原康行『パリ ノート』 2012年4月24日刊行予定

パリのアトリエで発見された制作ノートから

 木原康行先生没後の2011年、パリのアトリエで発見された「制作ノート」。作家の生きた時間と造形思考の軌跡を詳細に辿ることができます。

 また、本書の中で初めて解き明かされた作家の内面…それは、絶望の淵に追いやられてもなお希望を見いだそうとする、強い反骨精神と倫理学・哲学の精神でした。


木原康行『パリ ノート』2012年4月24日刊行予定!ギャラリータマミジアムにてご予約を承ります。


 2012年4月24日刊行予定の「木原康行『パリ ノート』」は、ギャラリータマミジアムにてご予約を承ります。ご希望の方にはご予約申込書を送付致しますので、お気軽にお申しいでください。

木原康行氏を称えて (フランス版画芸術家協会名誉会長 ダニエル モランヌ)

木原康行氏を称えて

 2000年5月、フランス版画芸術家協会に木原康行氏を迎え入れることができたことは、私にとって大きな喜びでした。


 版画芸術家と版画愛好家が集うフランス版画芸術家協会は、1889年に創設され、歴代の会長には各時代の大芸術家、ロダンなどがあり、シャガール、ビュッフェのような著名な芸術家たちも会員でした。


 木原氏は、当協会に入会した長谷川潔氏につぐ、2番目の日本人版画家です。氏の完璧な技術、正確さ、緻密さは、制作に打ち込む忍耐力と同様、人間離れしていました。


 1977年、私はたまたまパリの画廊に入り、当時展示されていた木原氏の作品に出会う幸運に恵まれました。その時入手した“Retisse(再織)”は、私にとって別世界の発見、つまり、版画のための版画を彫る偉大なビュラン版画家の世界の発見でした。


 木原氏の逝去により、芸術は大きなものを失いました。フランス版画芸術家協会も私個人も、哀惜の念に堪えません。

2011年9月 フランス版画芸術家協会名誉会長 ダニエル モランヌ


木原と共にパリに生きて (木原千珂)

木原と共にパリに生きて

 1970年4月19日、片道切符で渡仏以来、パリ生活40年が過ぎた。2011年4月24日、私は突然木原と共に生きた時間を失った。


 彼の後半は体力も弱まり、外出もせず、机にしがみついて毎日ビュラン彫りと対決していた。私は顔より後姿の方をよく憶えている。一版に何ヶ月もかかる銅版画ビュランができ上がった日は、「完成!」と両手を上げて喜んでいた。 久しぶりに見た笑顔だった。


 彼亡き後、引き出しを片付けていると、私に見せたことのないノートが見つかった。細かい字でびっしり書かれたノートのほか、バラバラな紙片に書き散らされたメモ、中には既に茶色く変色しはじめているものもあった。


 その内容のほとんどは、「画とは何か」、「自然とは何か」、といった自問自答が多い。机の上には次の仕事のための下図が置いてあった。 まだ仕事をと思っていたのだ。


 「銅版は我が命」と言っていた。


 「僕は長く生かしてもらった。 今後、仕事のできない時間は要らない。」


 その通りに彼の時間は止まった。

 時間という命を銅版に刻み続けた彼のビュランが、末永く生き延びんことを。


2011年8月 木原千珂


木原康行-作家の言葉

自分の在り方 (知人への手紙より)

木原康行銅版画作品


 現在の在るがままの状態を現す、それが現実の自分の在り方だと思います。

 長い時間の積み重ねが、一瞬、目前の形に移しかえられるといってもいいのです。

 ただただ、経験と体験の結果が現れるだけです。


 思想などいうものは、持っていません。絵はこうでなければいけないという持論もありません。 有るのはただ、時間の流れと共に在る、自己自身です。

(木原康行)

〔図版=『Ecale 1』木原康行 銅版画(エングレーヴィング) 98×145mm 1971年〕

木原康行|略歴

木原康行 (きはら やすゆき)

木原康行先生

1932年北海道名寄市生まれ/1955年武蔵野美術学校本科西洋画科(現・武蔵野美術大学)卒業/1970年渡仏 S.W.ヘイターのアトリエ17で銅版画を学ぶ/1972年現代フランス版画展(ポントワーズ/フランス)/第3回ブラッドフォード国際版画ビエンナーレ(イギリス)/イズリングトン銅版画グループ展(ロンドン/イギリス)/第4回クラコウ国際版画ビエンナーレ(ポーランド)/第10回サロングラバド国際版画展(マドリッド/スペイン)/1973年プリント・クラブ展(フィラデルフィア/アメリカ)/第3回青年美術家1973年国際展(ニューヨーク/アメリカ)/1974年第11回サロングラバド国際版画展(受賞)(マドリッド/スペイン)/1977年中村真一郎と木原康行による詩画集『死と転生』(大阪フォルム画廊)刊行/『死と転生』発刊記念展を東京、大阪、名古屋、浜松、札幌で開催/1978年日本現代版画大賞展(西武百貨店/東京)/日本の現代版画展(パリ/フランス)/1980年1980日本の版画(栃木県立美術館)/1985年この頃からアクリル画の制作も始める/1986年現代版画と技法展(練馬区立美術館)/1993ヘイターとアトリエ17展(デッサン・版画美術館/フランス)/1995年現代版画の展望展・Part2(新潟市美術館)/1998年第3回サロン「coup de coeur」(パリ/フランス)/

展覧会会場を訪れた木原康行先生1999年第64回フランス・画家・版画家協会展(パリ市6区役所/フランス)/フランス・画家・版画家協会正会員となる(日本人では長谷川潔についで2人目)/2001年フランス・画家・版画家協会展(パリ市6区役所/フランス)/2002年ラビリンス「線の迷宮」展(目黒区美術館)/2003年銅版画の魅力展(ギャラリータマミジアム)/木原康行個展「始原のかたち」(北海道立旭川美術館・企画展)/木原康行個展「中村真一郎と木原康行による詩画集『死と転生』再考展」(ギャラリータマミジアム)/2004年木原康行個展「精緻の美学2」(ギャラリータマミジアム)/2005年「故郷から世界へ」-版画・海を渡った4人のアーティストたち-(ギャラリータマミジアム)/2006年木原康行展「LABYRINTH(ラビリンス)-銅版画とアクリル画の迷宮」(ギャラリータマミジアム)/2008年木原康行個展「Pendule」-銅版画とアクリル画による幾何学的世界(ギャラリータマミジアム)/2010年木原康行新作銅版画展-「Entassement」(ギャラリータマミジアム)/2011年パリにて永眠/


作品収蔵

『始原のかたち 木原康行展』図録表紙(発行:北海道立旭川美術館/2003年)・パリ国立図書館

・フランス文化省

・ヴィクトリア&アルバート美術館

・国立国会図書館

・東京国立近代美術館

・京都国立近代美術館

・東京都現代美術館

・目黒区美術館

・横浜美術館

・愛知県美術館

・町田市立国際版画美術館

・徳島県立近代美術館

・浜松市美術館

・栃木県立美術館

・北海道立近代美術館

・北海道立旭川美術館

・新潟市美術館

・岡山県立美術館

・他


〔図版=『始原のかたち 木原康行展』図録表紙(発行:北海道立旭川美術館/2003年) ※ギャラリータマミジアムでの販売は終了致しました。〕

木原康行のビュラン

木原康行のビュラン 〔文;緑川玲子『季刊版画館』(第13号冬)1986年〈鑑賞席〉より〕

木原康行のビュラン原版

 なぜなのだろう、なぜなのだろう。木原さんの作品を最初に見た時に思った。本当に人間が、人の手が創ったのか。


 今回、改めてこの「Conséquence」(註「コンセカンス」とはフランス語で「結果、結論、帰結、一貫性、重大」の意)のシリーズ作品を見て、この思いは変わらない。人の手が遺したこれらの線は一体何なのか。人間にとって、地球上にとって。腐食によらないビュランの直彫りの精緻きわまりない無数の線を前に、茫然と時が過ぎた。


 それから「Conséquence 7」の線と形を追っていった。円の中に円は増殖し、一つの円の何げない割れ、円から円へと流れていく線、線が集結してできる鋭い形、円から垂直にブルーの中へ落ちていく線。ブルーの中で、ブルーを背景として浮き上る銀の線と形の美しさに圧倒される。


 どうしたらよいのだろう。溜息がでてくる。どうしたらよいのだろうか。これらの線と、線がなす形に対して。ふいに私達人間の、日々の絶え間のない無数の行為の連続を思い出す。我ら生きとし生けるものが持つ、間断なく続く所為と想念を思いやる。


 「Conséquence 6」の銀の線から見えるブルーの様々な形を追う。千差万別の形は流れ去ろうとして流れず、喉の渇きを知らせる。何への信仰か、何への追想か何への追認か。円の中心では白い鳥が舞っている。円の中の無数の線に埋没していると、私達が生存する時の、能うものと能わざるものとについて考えさせられる。


 ルーペを持ってくる。銀の線は一本一本明晰にゆるぎなく、そして光っている。その光は美しい。線を追う、追う、さらに追う。


 感動は涙を呼ぶ。


 墨一色の作品を見る。白い紙が支える線は強く確固として表れ存在し問いかけてくる。無数の線と共存し、それを支える紙の白さの思い切り、潔癖さ、墨の濃淡の味わい。


 「Conséquence 9」の迫りくる凄みに身が竦む。それは人が存在する上においてもつ、さまざまな弱みを打とうとするのか、それを励まそうとするのか、支えようとするのか。作品はひたひたと人の心へ寄せてくる。

緑川玲子(みどりかわ・れいこ、詩人)

作家 中村真一郎による「木原康行とその版画-思い出風に」

木原康行とその版画-思い出風に

木原康行作品

 木原康行の思い出は、すべてパリに繋がる。

 最初の強烈な印象は、私と妻とが著名な英国の版画家のヘイターのアトリエで、特殊な刷りの技術の説明を受けていたところへ、色の抜けるように白いミミ嬢が現れて、彼女の家へ私たちを案内して行った時だった。それは入り組んだ庶民的な街の一角の、狭い仄(ほの)暗い部屋の中で、そこには室内に天幕のようなものが張ってあって、親子四人が折り重なって暮らしている、という趣きだった。そして、ミミ嬢の父親、つまり版画家の木原は、その穴蔵の奥に、腰を痛めて寝ていて、到着した私たちは、忽ち医者よ薬よ、と駆けまわることになった。


 休日のことで、中々、やってこない巡回医師を待ちながら、ミミの妹のチハル嬢が、隣の建物の壁にボールをぶつけて遊んでいた、孤独な姿が忘れられない。両親を追ってパリへ来たばかりで、いきなりフランスの小学校に入れられたチハルちゃんは、私たちに向かって、読本を朗読して聞かせてくれたが、やって来て間もない、この幼女が、もうフランス人と同じ発音で、短文を読み上げるのに、感嘆して耳を傾けていた記憶がある。


 それからようやく手に入った痛みどめの薬を飲まそうとして、分量を間違ったら大変だと、私たちは医者の書きなぐった処方を、あれこれと当てずっぽうで解読しようと苦心したが、ようやくsuppositoireと読みとった時は、もう薬は奥さんのチカさんの手で、木原の口の中に入る寸前だった。版画家は尻から挿入する薬を、危うく飲み下すところだったのである。


 それから思い出は大きく飛んで、今度は、セーヌ河畔の、いわゆる「フロン・ド・セーヌ」の新興高級住宅地の、明るくて超モダーンな高層建築のまえの、コンクリートの平坦な広い庭の向こうの方に、すっくと立って私たちを待ち受けている、俊爽無双の木原の姿である。

 その建物の中の、木原の新しい部屋は光に満ち、そこには何度も通って、夜遅くまでお喋りしたり、美術館入りをひかえていた美貌のドミニック嬢が、眼もとにふざけた色を浮かべて、版画家を暖かくからかったりするのを目撃したり、すっかり少女らしくなったチハルさんが、洗ったばかりの髪を押さえながら、扉を半開きにして顔を覗かせたりするのに、出会ったりしたものである。


 それから東京で展覧会をするために、制作中のチカさんの絵をソファの上に何枚も並べて見て、感想を述べたり、その展覧会が成功して、パリへ戻ったチカさんから、その絵の中から抜け出してきたような、地下鉄の入口から空に飛び立って行く幻想を伝える、航空便が舞い込んできたり、-そのようにして、木原と木原家とは、私の生活の中に、すっかり溶け込んでいる。そして、その愉しい想い出の遥か上の方に、あの緻密な線の組み合わさった、木原の版画の世界が、あたりの空気を凍らせるようにして、孤独に架っている。


 この日常から完全に遮断された芸術の世界と云う、木原の版画の在り方は、常に世間の中に居心地よく混ざりこもうとしている、多くの日本風の芸術とは、截然と区別されている。あのように厳しい線の組み合わせは、湿潤な日本の風土からは生まれることはできない。その誕生を可能としたのは、あの知的に乾燥した、そして感覚が繊細を極めるフランスの伝統的な雰囲気であった。


 その意味で彼はフランスの芸術家である。しかし私は近頃、そのデカルト的なきびしい幾何学精神の底に、丁度、彼が日本の酒をこよなく愛するのと同じような、日本伝来の細心な名人気質がひそんでいることに、思いあたるようにもなっている。

〔文:中村真一郎(『版画藝術』29春号/1980年/阿部出版)〕

ムッシューとの思い出

2010年06月22日の「たまにっ記」より転載

木原康行先生(2010年6月個展会場のギャラリータマミジアムにて)

 はるばるパリからお越し頂いた銅版画家の木原康行先生と、2年ぶりの再会。相も変らぬ陽気で気ままなそのお口振りには、私も心底嬉しくなりました。(…決して閉口なんか、していませんからね…念のため。)


 ムッシューに初めてお会いする方は大抵、眉間にしわを寄せたその狷介そうな顔つきに一瞬怯んでしまいますが、実際のムッシューは、決してそのようなお方ではございません。これには理由があって、ムッシューは両耳が聞こえないため、たま〜に(?)、そのような「いかつい」表情をして見せるのです…多分。

 そう、ムッシューと一度でも筆談をされる機会がございましたら、その斯道の大家らしからぬ気さくなお人柄に、誰しも、恭しい態度をとることができなくなるでしょう。


 そんなムッシューが、個展会場となったギャラリータマミジアムを後にする日のこと…。


 「飛行機に乗るのは、体力的にもう限界。日本に来るのは、もう、これが最後かも…。」


 …そう言われてしまうと、ナンだかねェ…。私はしばらく口を噤んだ後、筆談帳を取り出し、

「See you again!」と書いたメモを1枚手渡しました。(意味もなく、ただ恰好をつけて、英語で書いてみました。フランス語では書けないので…。)


 するとムッシューは間髪を容れずに両手を大きく広げて、「英語なんか、わっからな〜いっ!」と応じられ、健気な私はその場でポイッと、一蹴されてしまいました。…あ〜あっ、恰好なんて、つけなきゃよかった。やれやれ…。


 と、その後幾許かの間をおいて、ムッシューがおもむろに私のペンを奪い取ると、なにやら私が手渡したメモにニョロニョロと書き始め、次のような走り書きを返してくださいました。


See you again ! レレレのレ…? こ、これはナンと、フランス語ではありませんかっ!

 私は間髪を容れずに、「フランス語なんか、わっからな〜いっ!」と声を大にしてつぶやいてみたものの、その声はムッシューに届くはずもなく、ただ何となく受け取ってしまいました。


 これって、2012年にまた会えるってことなのかなァ…。達筆すぎて字も読めないし、辞書を引いても単語が見当たらないし、意味がぜ〜んぜんわからないし…。


 ん〜、日本語に訳してもらえばよかったなァ…。この時はただナンとなく、そう、ただナンとなく、気恥ずかしかったんだよなァ…。 どなたか、おわかりになります?



追記:判読できました (2011年12月11日)

 恥ずかしながら、昨日、ようやくわかりました。 そして同時に、あの日、タクシーに乗り込む前にムッシューと交わした、長い長い握手の意味も・・・。


 「Thank you !」 は、「Merci !」 でしょうか。  ご冥福を、心よりお祈り致します。


ギャラリータマミジアム 下山貴弘

木原康行展によせて(2008年)

銅版画作品『Pendule』シリーズについての雑感 (文:ギャラリータマミジアム 下山貴弘)

木原康行作品


こちらをご覧ください。

⇒ 木原康行展によせて(2008年)


〔図版=『Pendule 4』(黒) 木原康行 銅版画(エングレーヴィング) 297×200mm 2007年〕

著作権に関するご注意

こんにちは。たまたまです。よろしくね! このウェブサイトに使用されている作品画像の著作権は、その制作者である作家もしくはその著作権を譲り受けた著作権者に帰属します。無断複製・無断転載を禁じます。

サイトメニュー

オンラインWEBショップ

貸し画廊のご利用案内

展覧会のご案内

ギャラリータマミジアム概要

絵画・版画教室のご紹介

ウェブサイトツール

画廊空間パノラマ表示

ギャラリータマミジアム展示空間360度パノラマ画像へGO!


リンク

愛知県公安委員会許可美術品商第541160002600号

ギャラリータマミジアム・モバイルサイト・マルチ対応QRコード

ギャラリータマミジアム

〒460-0003 名古屋市中区錦3-24-12 玉水ビル2階 電話052-957-3603

Copyright (C) Gallery Tamamiseum. All rights reserved.