木原康行新作銅版画展-『Entassement』|名古屋の画廊ギャラリータマミジアム

木原康行新作銅版画展-『Entassement』|2010年6月12日(土)〜6月20日(日)※水曜日休廊|午前11時〜午後6時

フランス画家版画家協会の正会員で銅版画家の木原康行先生による「Entassement(群がること・群がり)」をテーマとした展覧会「木原康行新作銅版画展」をご紹介。

木原康行新作銅版画展-展覧会のご案内

精緻な線で命を刻む、驚愕の銅版画表現!

木原康行作品

 本展は、日本そしてフランスを代表する銅版画(ビュラン)作家の一人である木原康行先生の、2年ぶりとなる個展です。


 1932年生まれの作家は、35歳にして両耳の聴力を完全に失いますが、作家を志すべく帰国資金を持たぬまま、38歳で美術の都フランス・パリへと渡ります。しかし、49歳で肺癌を患い、また同時に愛娘を亡くされて心底打ちひしがれますが、決して銅版画をあきらめず、ビュランを手放すことはありませんでした。

 そして1999年、作家の人生における、あらゆる感情を排除したその精緻な作品世界がフランスの美術界に認められ、長谷川潔氏についで、日本人として二人目となるフランス画家版画家協会の正会員となりました。


 ビュランを片手に叙情的なものを排除し、内面世界を形象化させ、西洋的・論理的な『幾何学の精神』を極限にまで追求してきた作家ですが、近年の画境では、東洋的・直感的な『繊細の精神』が新たに加わりました。


 今展では、新作銅版画9点のほか、これまでの代表作やインクデッサンなど、計30点を展示します。ビュラン作家としての年齢の限界をとうに超えて創造された精緻な作品世界を、何卒是非、ご高覧ください。

〔図版=『Entassement 1』 木原康行 銅版画エングレーヴィング 295×200mm 2008年〕


木原康行展-開催概要

展覧会名
木原康行新作銅版画展-『Entassement』
Yasuyuki Kihara Exhibition 2010
展覧会会期
2010年6月12日(土)〜6月20日(日)
休廊日
6月16日(水)
開廊時間
午前11時〜午後6時
入場観覧料
無料
出品作家
木原康行(きはら やすゆき)
作家来場日
6月12日(土)・13日(日)〔※フランス・パリからお越しになります。〕
展示内容
銅版画、アクリル画、インクデッサンなど合わせて30点

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木原康行銅版画展が紹介されました

木原康行銅版画展が朝日新聞に紹介されました。

木原康行展新聞記事

木原康行展 群がり

 12日(土)〜20日(日)、午前11時〜午後6時、名古屋市中区錦3丁目のギャラリータマミジアム(栄駅、電話052・957・3603)。


 1932年生まれ。パリ在住の銅版画家。1ミリに何本もの線を描く技法で、幾何学的な美しさを描いた。特に難しいとされる長いストロークが特徴。


 「群がり」をテーマに新作9点=写真は、「Entassement 3」=のほか、代表作10点、新作のインクデッサン12点を展示。16日休み。

〔朝日新聞2010年6月9日(水)夕刊「展覧会」より〕


木原康行銅版画展が『版画芸術』2010夏号に紹介されました。

木原康行銅版画展『版画芸術』記事

展覧会プレビュー 木原康行新作銅版画-Entassement-展

 聴力を失い、病に侵されながらも、制作を続ける木原康行。ビュランを片手に、叙情的なものを排除し、内面世界を形象化させた、西洋的な「幾何学の精神」を追求する。近年は東洋的な「繊細の精神」を作品に加え、新たな画境に踏み入った。本展では新作9点を含む計30点が出品される、2年ぶりの新作展となる。

 6月12日〜20日 ギャラリータマミジアム

 名古屋市中区錦3-24-12玉水ビル2階 電話052・957・3603

〔『版画芸術』2010年夏No.148 P.137「展覧会プレビュー」より〕

作家の言葉

展覧会によせて

 現在のあるがままの状態をあらわす。それが、現実の自分のあり方だと思う。

 あるのは時間の流れと共にある、自己自身である。

(木原 康行)


フランス・パリから木原康行先生が会場にお越しになりました。

展覧会会場を訪れた木原康行先生

 木原康行新作銅版画展の初日に当たる6月12日(土)、木原康行先生が会場にお越しになりました。


 さすがにパリからの長時間飛行はそのお身体にこたえたらしく、少々お疲れ気味ではありましたが、ご来場頂いた皆様にはいつもの通り、紳士としての(?)ジョークを欠かすことがありませんでした。


 作家は明日13日(日)も在廊を予定していますので、是非お気軽にご来廊ください。

〔図版=木原康行先生(2010年6月12日・ギャラリータマミジアムにて)〕

木原康行|略歴

木原康行 (きはら やすゆき)

木原康行作品

1932年北海道名寄市生まれ/1955年武蔵野美術学校本科西洋画科(現・武蔵野美術大学)卒業/1970年渡仏 S.W.ヘイターのアトリエ17で銅版画を学ぶ/1972年現代フランス版画展(ポントワーズ/フランス)/第3回ブラッドフォード国際版画ビエンナーレ(イギリス)/イズリングトン銅版画グループ展(ロンドン/イギリス)/第4回クラコウ国際版画ビエンナーレ(ポーランド)/第10回サロングラバド国際版画展(マドリッド/スペイン)/1973年プリント・クラブ展(フィラデルフィア/アメリカ)/第3回青年美術家1973年国際展(ニューヨーク/アメリカ)/1974年第11回サロングラバド国際版画展(受賞)(マドリッド/スペイン)/1977年中村真一郎と木原康行による詩画集『死と転生』(大阪フォルム画廊)刊行/『死と転生』発刊記念展を東京、大阪、名古屋、浜松、札幌で開催/1978年日本現代版画大賞展(西武百貨店/東京)/日本の現代版画展(パリ/フランス)/1980年1980日本の版画(栃木県立美術館)/1985年この頃からアクリル画の制作も始める/1986年現代版画と技法展(練馬区立美術館)/1993ヘイターとアトリエ17展(デッサン・版画美術館/フランス)/1995年現代版画の展望展・Part2(新潟市美術館)/1998年第3回サロン「coup de coeur」(パリ/フランス)/1999年第64回フランス・画家・版画家協会展(パリ市6区役所/フランス)/フランス・画家・版画家協会正会員となる(日本人では長谷川潔についで2人目)/2001年フランス・画家・版画家協会展(パリ市6区役所/フランス)/2002年ラビリンス「線の迷宮」展(目黒区美術館)/2003年銅版画の魅力展(ギャラリータマミジアム)/木原康行個展「始原のかたち」(北海道立旭川美術館・企画展)/木原康行個展「中村真一郎と木原康行による詩画集『死と転生』再考展」(ギャラリータマミジアム)/2004年木原康行個展「精緻の美学2」(ギャラリータマミジアム)/2005年「故郷から世界へ」-版画・海を渡った4人のアーティストたち-(ギャラリータマミジアム)/2006年木原康行展「LABYRINTH(ラビリンス)-銅版画とアクリル画の迷宮」(ギャラリータマミジアム)/2008年木原康行個展「Pendule」-銅版画とアクリル画による幾何学的世界(ギャラリータマミジアム)/2010年木原康行新作銅版画展-「Entassement」(ギャラリータマミジアム)/2010年現在:フランス・画家・版画家協会正会員/パリ在住


作品収蔵

パリ国立図書館・フランス文化省・ヴィクトリア&アルバート美術館・国立国会図書館・東京国立近代美術館・京都国立近代美術館・ 東京都現代美術館・目黒区美術館・横浜美術館・愛知県美術館・町田市立国際版画 美術館・徳島県立近代美術館・浜松市美術館・栃木県立美術館・北海道立近代美術 館・北海道立旭川美術館・新潟市美術館・岡山県立美術館・北星信用金庫・他

〔図版=『Entassement 3』 木原康行 銅版画エングレーヴィング 295×200mm 2009年〕

木原康行のビュラン

木原康行のビュラン 〔文;緑川玲子『季刊版画館』(第13号冬)1986年〈鑑賞席〉より〕

木原康行のビュラン原版

 なぜなのだろう、なぜなのだろう。木原さんの作品を最初に見た時に思った。本当に人間が、人の手が創ったのか。


 今回、改めてこの「Conséquence」(註「コンセカンス」とはフランス語で「結果、結論、帰結、一貫性、重大」の意)のシリーズ作品を見て、この思いは変わらない。人の手が遺したこれらの線は一体何なのか。人間にとって、地球上にとって。腐食によらないビュランの直彫りの精緻きわまりない無数の線を前に、茫然と時が過ぎた。


 それから「Conséquence 7」の線と形を追っていった。円の中に円は増殖し、一つの円の何げない割れ、円から円へと流れていく線、線が集結してできる鋭い形、円から垂直にブルーの中へ落ちていく線。ブルーの中で、ブルーを背景として浮き上る銀の線と形の美しさに圧倒される。


 どうしたらよいのだろう。溜息がでてくる。どうしたらよいのだろうか。これらの線と、線がなす形に対して。ふいに私達人間の、日々の絶え間のない無数の行為の連続を思い出す。我ら生きとし生けるものが持つ、間断なく続く所為と想念を思いやる。


 「Conséquence 6」の銀の線から見えるブルーの様々な形を追う。千差万別の形は流れ去ろうとして流れず、喉の渇きを知らせる。何への信仰か、何への追想か何への追認か。円の中心では白い鳥が舞っている。円の中の無数の線に埋没していると、私達が生存する時の、能うものと能わざるものとについて考えさせられる。


 ルーペを持ってくる。銀の線は一本一本明晰にゆるぎなく、そして光っている。その光は美しい。線を追う、追う、さらに追う。


 感動は涙を呼ぶ。


 墨一色の作品を見る。白い紙が支える線は強く確固として表れ存在し問いかけてくる。無数の線と共存し、それを支える紙の白さの思い切り、潔癖さ、墨の濃淡の味わい。


 「Conséquence 9」の迫りくる凄みに身が竦む。それは人が存在する上においてもつ、さまざまな弱みを打とうとするのか、それを励まそうとするのか、支えようとするのか。作品はひたひたと人の心へ寄せてくる。

緑川玲子(みどりかわ・れいこ、詩人)

木原康行とその版画-思い出風に

木原康行とその版画-思い出風に〔文;中村真一郎『版画藝術』29春号1980年阿部出版〕

木原康行作品

 木原康行の思い出は、すべてパリに繋がる。

 最初の強烈な印象は、私と妻とが著名な英国の版画家のヘイターのアトリエで、特殊な刷りの技術の説明を受けていたところへ、色の抜けるように白いミミ嬢が現れて、彼女の家へ私たちを案内して行った時だった。それは入り組んだ庶民的な街の一角の、狭い仄(ほの)暗い部屋の中で、そこには室内に天幕のようなものが張ってあって、親子四人が折り重なって暮らしている、という趣きだった。そして、ミミ嬢の父親、つまり版画家の木原は、その穴蔵の奥に、腰を痛めて寝ていて、到着した私たちは、忽ち医者よ薬よ、と駆けまわることになった。


 休日のことで、中々、やってこない巡回医師を待ちながら、ミミの妹のチハル嬢が、隣の建物の壁にボールをぶつけて遊んでいた、孤独な姿が忘れられない。両親を追ってパリへ来たばかりで、いきなりフランスの小学校に入れられたチハルちゃんは、私たちに向かって、読本を朗読して聞かせてくれたが、やって来て間もない、この幼女が、もうフランス人と同じ発音で、短文を読み上げるのに、感嘆して耳を傾けていた記憶がある。


 それからようやく手に入った痛みどめの薬を飲まそうとして、分量を間違ったら大変だと、私たちは医者の書きなぐった処方を、あれこれと当てずっぽうで解読しようと苦心したが、ようやくsuppositoireと読みとった時は、もう薬は奥さんのチカさんの手で、木原の口の中に入る寸前だった。版画家は尻から挿入する薬を、危うく飲み下すところだったのである。


 それから思い出は大きく飛んで、今度は、セーヌ河畔の、いわゆる「フロン・ド・セーヌ」の新興高級住宅地の、明るくて超モダーンな高層建築のまえの、コンクリートの平坦な広い庭の向こうの方に、すっくと立って私たちを待ち受けている、俊爽無双の木原の姿である。

 その建物の中の、木原の新しい部屋は光に満ち、そこには何度も通って、夜遅くまでお喋りしたり、美術館入りをひかえていた美貌のドミニック嬢が、眼もとにふざけた色を浮かべて、版画家を暖かくからかったりするのを目撃したり、すっかり少女らしくなったチハルさんが、洗ったばかりの髪を押さえながら、扉を半開きにして顔を覗かせたりするのに、出会ったりしたものである。


 それから東京で展覧会をするために、制作中のチカさんの絵をソファの上に何枚も並べて見て、感想を述べたり、その展覧会が成功して、パリへ戻ったチカさんから、その絵の中から抜け出してきたような、地下鉄の入口から空に飛び立って行く幻想を伝える、航空便が舞い込んできたり、-そのようにして、木原と木原家とは、私の生活の中に、すっかり溶け込んでいる。そして、その愉しい想い出の遥か上の方に、あの緻密な線の組み合わさった、木原の版画の世界が、あたりの空気を凍らせるようにして、孤独に架っている。


 この日常から完全に遮断された芸術の世界と云う、木原の版画の在り方は、常に世間の中に居心地よく混ざりこもうとしている、多くの日本風の芸術とは、截然と区別されている。あのように厳しい線の組み合わせは、湿潤な日本の風土からは生まれることはできない。その誕生を可能としたのは、あの知的に乾燥した、そして感覚が繊細を極めるフランスの伝統的な雰囲気であった。


 その意味で彼はフランスの芸術家である。しかし私は近頃、そのデカルト的なきびしい幾何学精神の底に、丁度、彼が日本の酒をこよなく愛するのと同じような、日本伝来の細心な名人気質がひそんでいることに、思いあたるようにもなっている。

(中村真一郎)

木原康行

木原康行 〔文;小倉忠夫『日本の現代版画』1981年講談社より〕

 木原がパリに定住してからすでに10年以上の歳月を経たが、数年前から色彩エッチングに代わってビュランに専念している。銅版直刻法にドライポイント、ビュラン、メゾティントがあり、とくにビュランは銅版画の原点をなす技法である。パリに留学した駒井哲郎がとくにビュランを学んで帰ったのも、長谷川潔のつよいすすめによるものであった。その意味において、稀なビュラン専門版画家である点に木原の銅版画家としての真骨頂があり、また、純度高く、抜群の集中力の結晶ともいうべき彼の作品は、他に類のない独自の画境を開拓している。


 木原は1932年北海道の名寄市に生れ、1954年に武蔵野美術大学洋画科を卒業した。個展、ムサシノ・アート・グループ展、その他を開いたのち、1970年パリに渡り、S.W.ヘイターのアトリエ17に入り、銅版画を学んでいる。そして翌年から版画活動を開始し、イギリスのブラッドフォード、ポーランドのクラコウなどの国際版画ビエンナーレ展に出品するほか、欧米各地の国際展やグループ展に数多く参加している。1974年東京の南画廊での現代世界版画展、1978年の現代日本版画大賞展にも出品し、またこの数年はパリ、ドイツ、そして日本で個展活動をさかんに行っている。


 1978年から翌年にかけて、中村真一郎詩、木原康行画による詩画集『死と転生』刊行を記念して、日本各地で展覧会を開いたが、この仕事は木原の画業に新時期を画した。このため彼は一年間かけて10点のビュランを制作したが、これを契機にヘイター流の色彩エッチングから完全に脱し、まったく独自の造形世界を確立することになったのである。


 詩画集の題名は正確には『死と転生をめぐる変奏』で、中村真一郎の散文詩〈死〉5篇のためのビュランは黒白作品5点、〈転生〉5篇のための5点はカラー作品だが、たとえば銀と黒、金と紫、 緑と黒、青と銀、赤と黒、といった2色の組み合せだから、むしろ華麗なるモノクロームともいうべき色彩効果である。この中の「転生(Métamorphose)4」が本巻に掲載されているが、詩画集刊行記念の木原康行銅版画展に寄せた一文で、中村は次のように書いている。


 《木原が版画家となったのはパリである。それは偶然ではない。パリと木原が出会ったのである。木原の版画には、あの日本風の偶然を利用した毛筆の効果のようなもの、情緒に訴えて気分をかもし出す、曖昧な抒情的なもの、文学的なものは、一切、排除されている。それは純粋に造形的であり、正確な線と色彩だけが画面を構成している この厳密な合理性、抽象性は、日本の湿潤な風土では生れにくいし、育ちにくい。デカルトを生んだ風土こそ、木原の育てあげたものだと、私は最初に彼の版画を見たとき−それもパリだったが−直ちに納得がいった。 木原の芸術を支えるものは、パスカルのいう「幾何学の精神」である。そして、それを極端まで追求した果てに、おのずから「繊細の精神」が花開いている。それは、この上なく感動的な光景である。−》


  彼のパリの居住は、セーヌ川やエッフェル塔にも近い高層マンションの上の方にあり、その空にちかい窓際の机で、聴覚を失った彼は外部の一切の音から遮断され、一日中黙々として制作をする。いうまでもなくビュラン技法は刀と銅版との抵抗が大きく、精神的に高度の集中力と持続力が要求される。そしてこのビュランと、厳しいパスカル、デカルトの幾何学精神なくしては律しきれない、執念のように増殖していく激しい木原の内的ヴィジョンとの格闘から、すべての彼の作品が産み出されていくのである。


 かつて私は彼の画業について、《現世をひとつ超えたような、凝縮の果ての結晶のような、どこかにマンダラを連想させるような、しかも現身の業の余韻を響かせる。》と形容したことがある。1980年日本各地を巡回した彼の個展における代表作が、「Expansion」であるが、重なりあう円盤、迷走神経のように画面をうめつくす波条、鋭利な三角形などを、特徴的な造形要素としており、ここに彼の内面世界のすべてが形象化されつくしているといってよかろう。

木原康行展によせて(2008年)

銅版画作品『Pendule』シリーズについての雑感 (文:ギャラリータマミジアム・下山貴弘)

木原康行作品 フランスから木原康行の作品が届いた。さて、今回はどのような作品が見られるのだろうかと、私は内心、はやる気持ちを抑えながら、ベニヤ板にしっかりと挟まれた作品の梱包を解いた。そして、作品を保護している薄紙をめくった瞬間、私は思わずハッとした。目に飛び込んできた木原康行の作品を見て、これまでとは趣を異にした銅版画家・木原康行の姿を見た思いがしたからである。私はこれまでに木原康行の紹介文として、「叙情的なものを排除し、内面世界を形象化させ、『幾何学の精神』を極限にまで追求してきた作家」と記してきたが、どうやら今回の展覧会には、必ずしもこの紹介文が的を射たものではないと思うようになった。


  『幾何学の精神』とは、17世紀のフランスが生んだ天才パスカルの言葉であるが、これは何かというと、門外漢の私が言うのもおこがましいが、物事を捉えようとするとき、原理や定理を用いて厳密な推論を基調とする、分析的、客観的、論理的な思考形態のことである。パスカルはまた『幾何学の精神』の他にもう一つ、『繊細の精神』という言葉を残している。これは、『幾何学の精神』とは別に、直観的認識の重要性を主張する思考形態のことである。木原康行はこれまでに、完全な形(始原あるいは始源の形)を象徴する「円」や「球」、そして人間にとって最も安定して見えるという美しい比率、つまり「神の比」とまで呼ばれてきた黄金比を尊重してきた。このことは、木原康行が『幾何学の精神』と『繊細の精神』を尊重してきた作家であることを端的に表している。そして今回出品される新作においても、その両者が並立して作品に反映されるスタイルは、決して失われていない。


木原康行作品  だがしかし、今回の作品「Pendule」に刻まれた無数の線の中に、私にはこれまで見えなかった木原康行の、東洋的な感性を見てとることができた。線はかつてのように、無表情な原理原則ばかりが追い求められた「結果」だけではなかった。無機質で幾何学的な線が時折見せる一瞬のゆらぎ。そしてカオスの中を激しく駆けめぐるかのような線。それはまるで、「東洋的な『繊細の精神』」を表現しているようでもあり、また原理原則に縛られた制約の中でようやく生命や意思、そして自由といったものを獲得するに至った銅版画家・木原康行の「思い」を見るようであった。


 そうはいっても、この変化は本当のところ、木原康行の制作姿勢によるものなのか、それとも私の見方によるものなのか、この時点ではいまひとつ確信が持てなかった。ただ木原康行自身が言うように、ビュラン作家としての技術的円熟期をとうに過ぎた「老境の思い」と無関係ではないことは容易に想像ができた。


 今回の木原康行の新作銅版画シリーズには、フランス語で「Pendule」というタイトルが付けられた。「Pendule」とは、日本語に訳すと「振り子」の意味になる。フランス語のわからないこの私が、辞書を引いてはじめてこの意味を知ったとき、私は木原康行の造形思考の変化に確信を深めた。


 振り子は、理想の環境のもとでは永久に揺れ続けるという。これは、「永遠なるもの」に美を感じとる西洋人の美意識を象徴するものに他ならない。しかし現実の日常では、振り子は時間の経過とともに徐々にその運動を弱め、やがては静止するに至る。日本人は伝統的に、その「移ろい」や「はかなさ」に美を感じとってきた。私は今回の作品「Pendule」を見て、木原康行がこれら二つの美意識の間を、まるで振り子のように往来している姿を垣間見たような気がしてならない。


木原康行作品 作家はこれまで自分の作品やそのコンセプトについて尋ねられると、いつも決まって、「そんなもの、なーんにも無いっ!」と笑いながら一蹴してみせた。そう、木原康行の作品世界には、押し付けがましい主義主張や理念、情感といったものは、何も無い。ただそこにあるものは、純然たる秩序に従って銅版に刻み込まれた無数の線の痕跡だけである。しかしそれを見た人の多くは、何も無いはずの木原康行の作品を前にして、思わず立ちすくみ、何かを感じ、感動を覚える。


 そう、そこには作品の創造者たる木原康行と作品そのものに対する共感が生まれるのだ。木原康行が作品に求めているものは、かつてのシリーズ作品のタイトルにもなったように、作品の「Conséquence(結果)」そのものであり、決して特別なものでもなければ、奇をてらったものでもない。私たちはその「結果」から導き出されたものに対して、共感を得るに至るのだ。それは、誰しもが願う日常の永遠性でもあれば、無事安穏な心の平安でもあり、また永久に揺れ続ける振り子の原理のような、普遍性でもある。木原康行は事あるごとに、「あなたはこの絵を見て、安心しますか?それとも、不安になりますか?」と問いかけてくるが、それは作家が常日頃から自らの作品とその人生観について問いかけている問題でもあるのだ。


 だがしかし、永遠に揺れ動く振り子など、現実にはどこにもないことを私たちは知っている。この世は無常であり、また時として残酷なほど無情な仕打ちを受ける現実にも遭遇する。私たちはそういう現実を経験する中で、絶えずより良く生きようとし、つい何かを手立てに何らかの方法を模索してしまうのだ。だからこそ私たちは、木原康行が銅板に刻む一本一本の線の中にこの世の事象と自らの「生」を重ね、そこに深遠な命の「時」が刻まれていることを感じとってしまうのだ。このことは、たとえ木原康行の作品に意味があってもなくても、人生に意味があってもなくても、多分、変わらない。木原康行は絶えず造形思考に変化を加えながら、常により良い「結果」が導き出されるよう、試行錯誤を重ねている。木原康行が今なお現役作家としてビュランを握り続ける所以が、ここにある。


木原康行先生 そして私は今回の出品作「Pendule」を見て、木原康行が東洋的な『繊細の精神』に歩み寄りを見せたことにより、この思いをよりいっそう強くした。奇しくも今年は木原康行が38歳で渡仏してからちょうど38年という歳月が経つ。それはまるで、振り子が中庸にもどされたかのように、作品に象徴的な意味合いを帯びさせた。そう、西洋哲学的な『幾何学の精神』と東洋的な『繊細の精神』を等しく調和させるに至った作家の造形思考は、ある意味で当然の帰結であったのかもしれない。そしてそれは、西洋哲学の中に東洋の無常観を見出した木原康行の、独特の美学に通ずるものではないだろうか。


 随分と回りくどくなってしまったが、私は木原康行を紹介するにあたって、冒頭で記した文言に「東洋的な『繊細の精神』を調和させた作家」と一言、付け加えたい。・・・などと作品を前にアレコレ考えていると、「そんなもの、なーんにも無いっ!」という、しわがれた声が今にも聞こえてきそうだが・・・。


〔図版(上)=『Pendule4』(黒) 木原康行 銅版画 297×200mm 2007年〕

〔図版(中)=『Pendule1』(黒) 木原康行 銅版画 297×200mm 2006年〕

〔図版(下)=『No.13-2007』 木原康行 アクリル画 134×98mm 2007年〕

〔写真=「フランス画家版画家協会」展に出品され、展覧会カタログにも掲載された作品『Pendule 1』を背景にして立つ木原康行先生(右):2008年6月2日(月)撮影〕

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