武田州左展『光の采』|名古屋の画廊ギャラリータマミジアム

武田州左展-『光の采』|2008年6月14日(土)〜6月22日(日)〔※6月18日(水)休廊〕|午前11時〜午後6時

創画会会員の武田州左(たけだくにさ)先生による和紙と岩絵具を用いた日本画の展覧会「武田州左展『光の采』」をご紹介。

武田州左展-展覧会のご案内

武田州左作品

展覧会のご案内

 美術評論家の草薙奈津子氏は、展覧会図録『KUNISA TAKEDA New Paintings 2002 - 武田州左展』〔発行:財団法人五島記念文化財団/2002年〕の中で、『・・・武田州左は、「私が生きていく限り、私の生命が表現の軸である。」と語った。この自己への絶対的信頼を凄いと思う。しかしそれは裏返せば、常に自己の精神を高く堅持するためにたゆまぬ努力が要求されるということでもある。精神の緊張と表現におけるダイナミズムが互いを飲み込むものではなく、ますます互いを鼓舞することをやまってやまない。』と述べ、また、『今40歳の武田は、人間として、画家として第1幕を終え、第2幕を熱演しているところである。今後、第3幕、第4幕とどんな展開を見せるのか、その展開が楽しみだし、期待を裏切らないと思う。』と結んでいます。

 それから6年。早くから人間存在の根幹に関わるテーマ「いのち」を見出してきた武田州左先生の仕事ぶりは、歳月を経るごとにその意義と重要性が高まり、またその表現においても「生命の輝き」が増してきたように思われます。

 本展におきまして、最新の武田州左先生の仕事ぶりを是非ご高覧頂き、同時代を生きる私たちに投げかけられた『ダイナミックでもあり、繊細でもあり、強くも弱くも優しくも、そして深く華やかでもある』“いのち”のメッセージを受けとめて頂ければ幸いです。

〔図版=『光の采・679』 武田州左 S50号(116.7×116.7cm)45度回転 パネルに和紙・岩絵具 2008年〕

武田州左展-開催概要

展覧会名
武田州左展 『光の采』 Kunisa Takeda Exhibition 2008
展覧会会期
2008年6月14日(土)〜6月22日(日)
休廊日
6月18日(水)
開廊時間
午前11時〜午後6時
入場観覧料
無料
出品作家
武田州左(たけだ くにさ)
作家来場日
6月14日(土)・15日(日)※時間はお尋ねください。
展示内容
日本画

武田州左先生がご来廊

武田州左展「光の采」〔2008年6月14日(土)〜6月22日(日)〕

武田州左先生

 武田州左展の初日にあたる6月14日(土)から翌15日(日)にかけて、創画会会員の武田州左先生がギャラリータマミジアムにお越しになりました。

 作家在廊中は会場を訪れたお客様から、

「創画展ではいつも武田州左先生の作品が気になっていましたが、個展で、しかもこれだけまとまった量の作品を拝見するのは今回が初めて。空間と一体となった作品群と個々の作品の質の高さについ圧倒されてしまいがちですが、それでも空気のように空間に満ち溢れる武田州左先生の『いのち』に対する『思い』というものが、やさしく語られるように私の心にひた寄せてくるのがわかります。」との声が寄せられました。

〔図版=新作『光の采・678』の隣に立つ武田州左先生(2008年6月14日ギャラリータマミジアム展覧会場内で撮影)〕

高北幸矢氏(名古屋造形大学学長)によるコメント

 遅い昼食後、ギャラリータマミジアムで「武田州左展光の采」を観る。武田さんは、名古屋造形客員教授であるが、東京が主な活躍の場、名古屋では初めての個展とのこと。会場に入ったとたん、色香溢れる色彩世界が包んでくれる。色と形が織りなす造形世界であるが、圧倒的に美しい色彩が主張している。額縁を使用せず木製パネルの隅々まで色彩の存在感を示している。側面の表現がその色香に隙を与えず、切なくなる程心を奪って行く。絶賛の作品群だ。

〔「名古屋造形大学ウェブサイト『学長ブログ』 2008/6/14 土曜日」より一部を転載〕

武田州左|略歴

武田州左 (たけだ くにさ)

武田州左作品

1962年東京都生まれ/ 1984年第11回創画展(1998・2001・2002・2003年創画会賞)/1985年多摩美術大学日本画科卒業/第10回春季創画展(1989・1990・1994・1995・1997・2001年春季展賞)/1986年第21回昭和会展(87・88年シード出品)/第1回川端龍子賞展(和歌山県立博物館1989・1990年)/1992年文化庁芸術家インターンシップ研修員/1993年現代絵画の一断面「日本画」を越えて展(東京都美術館企画展示室)/1995年武蔵野美術大学日本画非常勤講師(97年3月まで)/第13回山種美術館賞展/1996年多摩美術大学日本画非常勤講師(99年3月まで)/1998年平成10年度第9回五島記念文化財団美術新人賞/1999年渡米(2月から2000年1月まで)/1999年平成10年度文化庁買上優秀美術作品披露展(日本芸術院会館)/2000年名古屋造形芸術短期大学日本画客員教授/多摩美術大学日本画非常勤講師(4月から01年3月まで)/2001年第20回安田火災美術財団選抜奨励展(安田火災東郷青児美術館) /個展-五島記念文化賞美術新人賞研修帰国記念(SK画廊/Gallery 香染美術)/2002年東山魁夷記念日経日本画大賞展/2003年創画会会員推挙/2004年「超」日本画宣言展(練馬区立美術館)/個展(横浜高島屋)/須藤美保・田内公望・武田州左絵画展(ギャラリータマミジアム)/2006年現代「日本画」の展望展(和歌山県立近代美術館)/2008年個展(ギャラリータマミジアム)/現在:創画会会員/多摩美術大学准教授/名古屋造形大学客員教授

〔図版=『光の采・680』 武田州左 90×180cm パネルに和紙・岩絵具 2008年〕

武田州左展雑感

『父の日』 〔ギャラリータマミジアム・ブログ『たまにっ記』(2008年6月14日)より転載〕

武田州左展展覧会会場風景

 今日、6月14日は幼稚園に通う娘の父親参観日。この日は通園バスが無かったため、私は黄色いヘルメットをかぶせた娘をママチャリに乗せ、初夏の風がそよ吹く中を約20分かけて、娘と二人で幼稚園に登園しました。

 道のりの途中にある坂道はかなりきつく、朝からバテバテの一日となりましたが、園に近づくにつれ、私と同じようなママチャリ姿の恰好をした父親を見かけては、何となく込み上げてくる笑いのおかげで、心持ち、疲れを癒すことができました。

 そんなこともあったせいか、登園後は初めてお会いした園児の父親の皆さんとも、簡単な挨拶を交わしただけで、何かこう、通じ合えるものがありました。

 ところでなぜ、この日が父親参観日であったのか、おわかりになりますか?そう、翌15日が「父の日」だったからです。私がこのことに気づいたのは、父親参観日の最大のイベントであった、子から父親へのプレゼント贈呈式の時でした。気づくのが遅かったせいか、その素朴な似顔絵の贈り物には意外なほど感動がありました。

武田州左展会場風景 そんなこんなで何とか無事父親参観を終えた父子は、今度は今日が初日となった武田州左展「光の采」が開かれているギャラリータマミジアムへと向かいました。今日と明日の二日間は、武田州左先生がご家族四人で展覧会場にお越しになります。これに便乗してか否か、我が家も家族四人で展覧会場に集合することになりました。この日の会場は何だか、家族会の様相を呈した、不思議な空間となりました。

 ここでチョッと、展覧会図録に紹介されている範囲内で、武田州左先生とそのご家族について触れさせて頂きます。

 武田州左先生は1962年の東京生まれ。しかしながらここ名古屋にも、実は縁の深い作家であります。と言いますのも、武田州左先生の実父に当たる人物が、名古屋と春日井を拠点に美術家として作家活動をしていた時期があったからです。その人物とは、・・・そう、「クガ・マリフ」(1931-1970年・享年38歳)です。クガ・マリフの本名は、武田晶(たけだあきら)。その一風変わった雅号は、生地である山口県玖珂郡麻里布町(旧地名)に由来しています。

武田州左展会場風景 クガ・マリフは1936年、5歳で父方の実家のある愛知県東春日井郡(旧地名)に移り住み、多感な少年期と美術に覚醒した青年期をこの地域で過ごしました。作家としてあまりにも早熟であり、また独創的であったため、その造形思考は当時の画壇にあった既成の美術概念の枠に収まりきらず、この時期は自己と社会の間に横たわる矛盾を相手に壮絶で激しい葛藤を作品にぶつけていました。そしてやがて、自らが切り開いた「表徴主義」という独自の造形思考概念に辿り着いたわけですが、作家はその造形思考の行く末を見ぬまま1970年、惜しくも癌によって、わずか38歳でその短い生涯を閉じられました。この時、武田州左先生はまだ7歳でした。

 その後クガ・マリフの人と作品は、歴史の中に埋もれながらも有志ある人々によって語り継がれ、没後38年を経た今でも、そのオリジナルな造形思考と作品の持つ輝きは色褪せません。むしろ今日では、次第にその意義と重要性が説かれはじめ、以前にも増してクガ・マリフ再評価の機運が高まっていると言っても過言ではないでしょう。2000年には春日井市文化フォーラムでクガ・マリフ展が開催され、その全貌が解き明かされようとしたのは記憶に新しいところです。私には、その時の展覧会図録の中にある言葉を借りて言えば、「生活の中の、生きている実感と手応えを形にする」という「表徴主義」の造形思考が、より今日的な意味合いを帯びながら、何か大切なメッセージを発信し続けているように思われて仕方がありません。

武田州左作品 そして今日、武田州左展の会場に立った私には、まるで「表徴主義」を力強く宣言しているかのような、鮮烈な作品が目に焼き付けられました。画廊の正面に据えられた、ほとばしるほどの情熱的な朱赤色が用いられた菱形の作品。私はこの、正方形を45度回転させた作品を見た時、武田州左先生がクガ・マリフの造形思考を受け継ぎ、それがどこへ向かおうとしていたのか、そしてその先に何があるのかを、自らの強い意思で、時間を掛けてゆっくりと見極めようとしている姿を垣間見る思いがしました。

 私には「表徴主義」の概念を語るだけの力は微塵もありませんが、ただ武田州左先生の作品に対する「思い」については、(誠に勝手ながら)共感するところが多々あります。それはまるで、今日の父親参観で初めて会った園児の父親と相通じるものを感じた時のような、日常生活の中から得られる共通感覚のようなものです。・・・あえて言うならばその感覚は、武田州左先生と私が持つ幾つかの共通点に起因しているのでしょう。1960年代生まれの同世代であること、父親を早くに亡くしていること、二人の子どもたちの年齢が全く同じこと、受け継いできたものがあるということ、ついでながら、今月父親参観に参加してきたということ・・・。

武田州左展会場風景 これらのことが「表徴主義」とどれだけ関係があるのか、全く不明ではありますが、全く無縁でもないものと私は考えます。それは、本展のサブタイトルにも冠された『光の采』が、武田州左先生のお二人のお子様にも因まれていることからして明らかでしょう。それはまさしく、表徴主義における生活の中の「生」と「命」に結びつくものなのですから・・・。

 蛇足ながら、今日という日は奇しくも、私の父の命日でもありました。この日、武田州左先生が私に語ってくれた印象的な言葉を一つ、ご紹介させて頂きます。

 「父は早世でしたが、生き急いではいけません。」

 この言葉は私にとって、とてもリアルなものでした。・・・そして、何だかとっても、「父の日」にふさわしい言葉ではありませんか・・・。

〔図版=武田州左展「光の采」展覧会会場より〕

(文:ギャラリータマミジアム/下山貴弘)

著作権に関するご注意

 このウェブサイトに使用されている作品画像の著作権は、その制作者である作家もしくはその著作権を譲り受けた著作権者に帰属します。無断複製・無断転載を禁じます。

サイトメニュー

貸し画廊のご利用案内

展覧会のご案内

展覧会アーカイヴス

トピックスとブログ

ギャラリータマミジアム概要

作家のご紹介

ウェブサイトツール

リンク

愛知県公安委員会許可美術品商第541160002600号

ギャラリータマミジアム

郵便番号460-0003 名古屋市中区錦 3-24-12 玉水ビル2階 電話;052-957-3603

Copyright (C) 1999-2008 Gallery Tamamiseum. All rights reserved.